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2015年11月28日
晩秋の街道を往く
0大阪駅・・・山科駅・・・大谷駅(逢坂山)蝉丸神社逢坂の関
大師堂関蝉丸神社昼食処・かねよ大谷駅・・・・蹴上駅
法勝寺跡・白河院金戒光明寺聖護院京阪・神宮丸太町駅


"逢坂の関"へ、行ってみようと・・・
0
"かねよ"も、食べてみようと

大阪から山科の乗り換え時間も含めて、51分で到着します。




京阪京津線・大谷駅は終日無人化されており、自動券売機は設けられていない。
従って乗車時には改札口にある乗車駅証明書を取り、運賃は降車駅で精算します。
この駅は、傾斜のある駅です。
ホーム・ベンチの左右の脚の長さを調節して、水平になるように、工夫がなされています。

「逢坂山」の地名は、その名に「逢ふ」を響かせて数々の歌に詠まれ、人々の想像力をかき立てました。
これやこの 行くも帰るも別れては 知るもしらぬも 逢坂の関   (蝉 丸)

夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ  (清少納言)

名にしおはば 逢坂山のさねかずら 人にしられで くるよしもがな (三条右大臣)
元祖走井餅本家の碑
京の都と近江を分かつ逢坂山。
その逢坂越えの大津追分には、清らかな水が勢いよく湧き出す井戸があり、
古来より「走井(はしりい)」と呼ばれてきました。枯れることのない清浄な
泉として平安時代から名高く、大宮人たちが歌に詠んでいます。
走井の 程を知らばや逢坂の 関ひきこゆる 夕かげの駒 (元輔)

走井の 筧の水の涼しさに 越えも
.やられず 逢坂のせき (清輔)



東海道名物 「走り井餅」の創始は明和元年(1764)…その餅の形は、清冽な水しぶきの一滴一滴を
表していて、また両端を尖らせた形は刀鍛冶・宗近が.走井の水で鍛えた名刀に似て、この餅を食べ
れば道中剣難を免れると、旅人たちがこぞって縁起をかついだ餅とも言われています。



「走井餅」「走り井餅」
明治の終わりごろ、六代目当主の四男が
名水で名高い石清水八幡宮に走井餅
開店し.以後ここ大津の本家は廃業してし
まいました。本家廃業と同時に、石清水が
直系唯一の走井餅となりました。
              

もともと本家のあった大津は、その後、
親戚筋の人が「走り井餅」と送り仮名を
振ったブランドで同様の商品の製造を開
始し・・・現在、販売は京都の井筒八つ橋
本舗
に委託されています。 






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