@ 2013年10月14日            

日本三奇祭のひとつ・三年に一度の島田大祭
帯まつり





 その昔、島田に嫁いできた花嫁は、晴れ着姿で大井神社へお参りし、その姿で 町を歩き 披露するのが
習わしとされていました。それは気の毒ではないかと花嫁を気遣う心から、女の命「帯」を大奴が木太刀に
飾り、安産祈願とあわせて、人々への披露を行うことになりました。
そうなると親たちは娘を気づかい.嫁入り道具の中でも特に帯に気を配るようになり、逸品を見ようと人々も
集まって来ます。さながら帯のファッションショーとなったのが帯まつりの始まりです。

大祭りには江戸時代から伝えられるいくつかのル−ルがあります。たとえば各街には青年本部が置かれ
各青年本部の間では、祭りの3日間は電話を使わず、伝令係と応接係がその連絡を担当します。
本通りの道路上には各街ごとに石灰で境界線がひかれ、1町内1余興の大原則をもとに列車運行表さな
がらの綿密なスケジュ−ルを組んだダイヤグラムを製作して、お渡り前の2日間それぞれ各町内を練り歩き、
最終日は大奴、大名行列、お御輿(神社の行列)、鹿島踊りの順で行列が表鳥居を出ると、5〜1街の屋台
がその後に続いて、お旅所まで約1.7キロにおよぶ一代絵巻きを彩るきらびやかな行列が出来上がります。
           最終日には『1町内1余興』のル−ルは解除されます。


大井神社
お祭りの行列は比較的ゆっくり進みます・・・大井神社へのお詣りと、昼食を先に・・・




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