@2013年8月1日〜2日
「思い立ったが吉日」の気儘旅



.新大阪(ひかり504号)06:08発東京09:10着
東京(MAXとき315号)09:28発越後湯沢10:39着
上越線・越後湯沢12:00発土合駅12:26着
今回の旅での一番の難点は上越線です。
便数が少ないのです。
1日、5往復です。
例えば、越後湯沢・発12:00の前後は、
09:48 と 13:05 なのです。

乗遅れたら大変と用心しすぎて、約1時間半の
乗り継ぎ待ちです。
それはそれで、越後湯沢駅周辺をぶらり出来て
良かったけど…
越後湯沢駅で名物の「笹だんご」を食べたり、
足湯にのんびりしていると、1時間半の乗り継ぎ待ち時間は
短いくらいです。
昨夜来の雨のため上越線は数十分の遅れが出てましたが、
越後駅の停車時間の繰り上げで、さほどの差もなく・・・
殆んど予定通り、目的の土合駅へ向かいました。
上越線は高崎線の終着駅・高崎駅より利根川沿いに
群馬県内を北上し、三国山脈を超えて新潟県に入り、
中越地方の魚野川・信濃川沿いに六日町盆地などを
経て長岡市に至る路線です。
開通する以前、関東と新潟県を結ぶ鉄道ルートは
「高崎線・信越本線ルート」と「東北本線・磐越西線ルート」の
二つでしたが、いずれも関東と新潟を直線的に結ぶルートで
はない上、信越本線には碓氷峠の急峻な勾配があり時間的
ロスを生じ…こうした中、上越国境の茂倉岳直下をトンネル
で越える短絡経路として、上越線が建設されたのです。




上り・上越線の土合駅に向かう
越後中里駅と土樽駅の間は、
珍しいループ トンネルです。

上越線の建設当時、まだトンネル掘削技術が十分発達して
いなかったことや厳しい予算事情から、掘削長を極力短くす
るため、なるべく標高の高いところでトンネルを掘ることとし
ました。その分、トンネル前後の区間でふもととの標高差を
多く稼ぐ必要がありますが、当時の機関車牽引能力から勾
配の限度は20パーミル
(水平距離1000mで高低差20mとな
る坂の勾配)
とされたため、通常の線路の敷設方法では、
必要な標高差を稼げません。そこで、線路をらせん状に輪を
描くように敷設することで、
ゆるい勾配で標高差を稼ぐループ線が設けられました。

上越新幹線の大清水トンネルは、三国山脈を貫通する
トンネルで、群馬県水上町(現・みなかみ町)から
新潟県湯沢町まで延長22k221mで1981年に完成。
青函トンネル完成までは世界最長のトンネルでした。

.
  川端康成の名作『雪国』の冒頭の「国境の長いトンネル…」
とは土合駅からの清水トンネルのことで、冒頭の場面で主人公
の島村と同じ汽車に乗り合わせた葉子が駅長を呼ぶ場面は、
土樽駅が舞台です。






越後湯沢から30分足らずで、お目当ての土合駅に着きます。
(12:26着)
土合駅は、群馬県利根郡水上町湯桧曽にあるJR東日本
上越線の駅です。
最大の特徴は、上越線の複線化の際に下りホームを地下
70mの新清水トンネル内に設置され、上りホームと下りホームの
高低差は81mもあり、
一直線に伸びる462段の階段(長さ338m)と143mの連絡通路
さらに24段の階段があり、階段の中間部には休息用のベンチが
設置され、鉄道ファンには「日本一のモグラ駅」として親しまれて
来ました。
別世界に続くかと思わせる真っ直ぐの階段は、訪れる人も少な
く無人駅で、お化け屋敷みたいです。
以前は谷川岳に向かう登山家達で賑わったとか…






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