2012年9月29日
C(41)
伊勢参宮街道


子安観音寺
三重県鈴鹿市寺家3丁目2−12
聖武天皇の勅により、藤原不比等が建立したとされ、天平勝宝3年(751年)道證上人開山の
1250年以上続く寺院で、寺伝によると、
本尊の白衣観世音菩薩が.当寺の東側にある鼓ヶ浦の海中より、鼓に乗って現れたといわれ、
安産、子孫長久を守り、子安観音として、現在まで人々の信仰を集めています。


子安観音は安産祈願の他、「不断櫻」でも有名です。
1年中花が咲いている不思議な桜として、江戸時代から有名で、伊勢参宮名所図会にも
紹介されています。真夏以外・花を見ることができるが、満開状態ではなく、梢のあちこち
に花が見られるものであり、葉の一部は真冬でも枝に残っています。
花は白色、一重の五弁で、花の中央部が赤味を帯びているらしいですが、本日は葉だけ


白子・子安観音の不断桜と伊勢型紙
不断桜の虫喰い葉の 巧妙な自然の紋様に着眼して
伊勢型紙が創られたという由来が、伝えられています


村社・八幡神社
明治維新以降、律令制下の『延喜式』による制度に倣って、新たに神社を等級化すべく
作られた社格の制度が、第二次世界大戦後に廃止されましたが、今日でもその名残が



 近代社格制度では、神社の格を大きく官社諸社民社)、無格社とに分けます。

 ○官社・・・・・祈年祭・新嘗祭に国から奉幣を受ける神社で、官社はさらに官幣社と
 
○官社・・・・・国幣社に分けられ、それぞれに大・中・小の格が定められて、官幣社・
 ○       国幣社をまとめて官国幣社とも呼ばれます。

 ○諸社・・・・・は、府県社郷社村社に分類され、
          郷社は社格であると同時に、ある特定の行政機能を持つ神社でもあった。
          それは氏子調における中心となる神社で、江戸時代の宗門改の檀那寺に
          代わるものとして設定された。出生や住所の移動の際には守札の発行な
          どを受けなければならなかった。通常の意味での社格とは異なるため、
          官国幣社や府県社でありながら郷社であるものもあった。
          村社はこの制度のもので、郷社に付属するものとして設定されます。
 ○無格社・・・は、法的に認められた神社の中で村社に至らない神社であり、社格を有す
          る神社と区別するために設けられた呼称に過ぎず、正式なものではないが、
          社格の一種とも考えられるようになりました。



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