澤熊講師と行く・・・    2010年4月21〜22日
全八回シリーズの第F回目



箱根峠越え



今回は「天下の嶮」と唄われた箱根を越えます。
予習に鳥居忱作詞、滝廉太郎作曲の中学唱歌「箱根八里」を振り返ってみましようか

     @箱根の山は、天下の嶮
     ○函谷關も ものならず
     ○萬丈の山、千仞(せんじん)の谷
     ○前に聳(そび)へ、後方にささふ
     ○雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
     ○昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
     羊腸の小徑は苔滑らか
     ○一夫關に当たるや、萬夫も開くなし
     天下に旅する剛氣の武士(もののふ)
     ○大刀腰に足駄がけ
     ○八里の岩根(いはね)踏みならす、
     ○かくこそありしか、往時の武士

A箱根の山は天下の岨
蜀の桟道數ならず
萬丈の山、千仞の谷
前に聳へ、後方にささふ
雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
羊腸の小徑は、苔滑らか
一夫關にあたるや、萬夫も開くなし
山野に狩りする剛毅のますらを
猟銃肩に草鞋(わらぢ)がけ
八里の岩根踏み破る
かくこそあるなれ、当時のますらを

.
こりゃ〜難しい・・・函谷關(かんこくかん)・後方(しりへ)・昼猶闇(ひるなほくら)き・・・読めるか〜
「函谷関」とは、中国の長安と洛陽の間、長安のある漢中の地への入り口を扼する関所で王朝の死命を
制する要衝らしい。
歌詞は2連で1番に「昔の箱根」、2番に「いまの箱根」の副題がつけられ、李白の漢詩『蜀道難』の一節
「一夫當關 萬夫莫開」が歌詞に織り込まれている。
こうなると、李白の漢詩『蜀道難』も調べる必要がありそうですが、今日はこの辺で・・・




箱根八里とは、小田原宿から箱根宿までの四里と箱根宿から三島宿までの四里ということですが0
1里=約4km(正確には1里=3k927m)、小田原宿からの四里・険しい登りの約16`は、お昼過ぎから0
の2・3時間では、我々には到底無理です。途中の畑宿の「寄木会館」からのスタートです。
箱根地方は古くから木工細工、の名産地で、寄木細工が箱根名物として知られています。



さて、前置きが長くなりましたが、いよいよ天下の嶮の箱根越えに挑みます。
畑宿は戦国時代「
畑の宿」と呼ばれ、箱根越えの旅人の休憩所でした。
急な坂が多く、少しぐらいの土止めでは すぐに崩れてしまうほど 険しい
山道でした。このため村人たちは幕府から資金を借り、道に石を敷きつめ 
石畳道を完成させました。現在でも当時のままの石畳道が残っています。
樫木坂・七曲坂・猿滑坂・追込坂と、険しい道が続きます。




地獄に仏の甘酒茶屋
もし、この休職所が無かったら・・・



石畳道は、まだまだ続きます



下に〜下に〜大名行列が現れそうな杉並木にでました。
本日のゴール、箱根の関所跡は目前です。もう登りは無いと聞いて、ほっと一息





ページを改めます

次ページは、箱根の関所跡です