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江戸時代の里程計算の
起点はここ高麗橋でした
現在は道路元標として
梅新北東角にあります。


松屋町は玩具の街
正月は羽子板と破魔矢、
3月のお雛様・
5月の武者人形ですが、
夏は花火一色の街にな
ります。
    ↓


『…民のカマドは賑わいに
けり』
と仁徳天皇が詠んだ
場所がこの高津宮です。

天神橋筋を南下して一丁
目まで来ると道は松屋町
筋と堺筋に分かれます。
その昔、此の辺りは

    鳴尾町
呼ばれておりました。

道修町      
江戸時代に日本に入って
くる薬は、いったん
道修町
に集まり、全国に流通しま
した
現在でも大手製薬会
社の本社が存在します


谷崎純一郎の代表作
春琴抄の舞台がこの
道修町です。


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松屋町筋と堺筋
今日はお天気も良いので距離を延ばして天王寺までの15`を歩きます。
松屋町筋はご存知・人形と玩具の問屋街、堺筋は御堂筋が拡幅される昭和初期までは
大阪のメインストリートでした。