2005年3月2日〔水〕
若狭 神宮寺の お水送り
奈良東大寺の初代別当(開祖)は、若狭小浜ゆかりの良弁僧正と言われています。
神宮寺に渡ってきたインド僧「実忠」は、その後 東大寺に 二月堂を建立し、
大仏開眼の祈りの行法を行いましたが、若狭の遠敷明神だけが 漁に夢中になり
その法に遅れたため、お詫びとして二月堂のご本尊にお供えする聖水を献じる事を
約束し、若狭の鵜の瀬より地下を潜って水を導かせたと伝えられます。
この湧き水の場所を若狭井と名付け、川淵は
鵜の瀬と呼ばれるようになりました。
この井戸より、水を汲み上げ本尊にお供えする儀式が大和路に春を告げる神事
『東大寺二月堂』の
お水取りで、
その神約を護り伝える行事が若狭小浜の
お水送りです。





午後6時 
修二会 
(神々を招き「薬師如来」・遠敷明神を本尊とする古来よりの神仏混合の悔過行法です)


阿伽井戸
奈良東大寺二月堂「若狭井」に通じているといわれ、
その「お水」は3月2日から10日間かけて届くとされています。



午後6時30分 
達陀
堂内法要の最後に至り、八天が影向し、火天が達陀松明を振り
七里を結界し魔を払い、水天は
香水を散じ浄める独自の所作です




午後7時30分 
神宮寺大護摩 
境内に設けられた護摩壇を中心に修験者が斧・弓・剣を奉じ、
水師の願文奏上を終えた達陀の火による大護摩法要が奏修されます。



神宮寺での神事が無事終わると、大護摩の火をそれぞれの松明に移し、
送水神事の行われる鵜の瀬に向けていよいよ出発です。


行会中に加持された「お香水」を護り、大小数千本の松明が
約2キロ先の鵜の瀬へ、荘厳な火の帯となって続きます。


鵜の瀬に松明行列が到着し、神主の四方祓いが修されると、松明の火は護摩壇に移され
諸仏諸神を勧請し、行会の満行と参拝者の願いの込められた松明が焚き上げられます。


午後8時30分 
送水神事
護摩壇は最火勢に至り行衆は鵜の瀬淵近くに渡り水師の送水文奏上、水切り神事が修され
幽玄のうちに御香水は淵のの流れに注がれ、奈良二月堂の若狭井へと送られるのです。
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奈良・東大寺二月堂のお水取りへ