澤熊講師と行く・・・2012年3月24〜25日
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忍野八海 青木ケ原樹海ウォーク


皆さんと同じように、旅行は天気に恵まれて欲しい、晴れであって欲しいと
毎回、願っているのですが・・・

今回の 忍野八海 と 青木ケ原樹海 は、
霧の中の神秘と幽玄の風景を期待して、晴れるな、雨が降ってもイイから
曇りであってくれと、祈っていたのです。

でも、まゝならぬは世の常
ピカピカの上天気、 晴れ後・晴れ。日向と影…明暗の差が激しく.写真
になりませぬ。

・・・小野木が心配している。まもなく、彼は頼子の裏切りを知るた゜ろう。彼女は身を削られる
ような思いだった。・・・
・・・駅前には、河口湖行きのバスがあった。団体の学生が、そのバスから群れをなして降りて
きた。
『これをずっと行くと、富士五湖にでるんです。その裾は、深い樹海でおおわれています。
その森の中に入ると慣れた人でも、うっかりすると出口がわからなくなるそうですよ』
S温泉に行く途中の列車で、大月駅で、小野木が言った言葉が蘇った。
・・・樹海のほとりにつづくであろう一本の白い道が頼子の前にあった。
          −略−
・・・そこに立って湖を眺めると、対岸が茶褐色の溶岩だった・・・もし、風雨がこの巨大な密林
に降りそそげばどうなるのだろう。樹海は怒り、波浪のように揺れ、音をお腰、吠え、轟くに違
いない。そのときの原始の形相が、頼子に幻視を起こさせた。
          −略−
歩くのも疲れた。意識も次第に朦朧としてきている。「小野木さん・・・」。薄れゆく意識のなか
頼子はそうつぶやいて うずくまった・・・

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(松本清張・「波の塔」) もどき

なんて光景が撮れるわけがない。
もしも私が映画監督なら、撮影は中止の二日間でした。(自信過剰)




ぶつぶつ云ってないで、早くバスに乗れと、何処からか聞こえて来ましたので、
一泊二日の旅に出発です。





大阪から名神・東名の約450kmの長旅・・・忍野八海を見物して、今日中に
甲府の宿へという、忙しい旅ですので、昼食はバス中でお弁当 


いつもの事ですが、前置きが長くなって申し訳御座いません。
今暫く、ご辛抱下さい。




最初に向かう忍野は、その昔、富士五湖と関連のある湖だったといわれ、八海は もともと
忍野湖(宇津湖とも)と呼ばれていましたが、その後、漸次西方富士裾野と御坂山系との
狭間を水蝕し掘削排水され、遂に忍野湖は乾れます。
そして、富士山の伏流水の湧水口としていくつかの池が残りました。




では、
淡い藍色のブルと明るいエメラルドグリンの光のグラデションを
交差させながら、神秘的な輝きで、訪れた人々を魅了する忍野八海へ

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