澤熊講師と行く                          2012年2月5日
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伊勢参宮本街道 〔第J回〕




今回は、紀勢本線・相加駅〜相鹿上神社からのスタートです。
相鹿上神社は前回のゴールの時にもお参りしましたが鳥居をみれば
何度でも・・・こう見えても信心深いのですョ。


相鹿上神社
延長5年(西暦927年)に完成した『延喜式』の『神名帳』に記載されている所謂式内社で
あることから考えると、今から千百年以上前に創始されたものと考えられます。
上代から平安時代にかけ、相可地区は大鹿首という氏族が支配していました。大鹿氏は、
相可地区が伊勢の神宮や斎宮の神領地になっていたため、政所や検校などが置かれ、
そこの役人としてこの地に住み着いたのではないかと思われます。大鹿氏は朝廷の祭祀
を司る中臣氏(後の藤原氏)と同族で、自分の祖神である天児屋根命を祭神とする神社を
建立したものが『相鹿上神社』と呼ばれ、付近一円の氏神様として崇拝信仰されるように
なってきたものと思われます。
明治時代になり、当時・政府の方針(一村に一神社)で、現在の相可一区.相可二区.荒蒔
に祀られていた『伊蘇上神社』『八柱神社』などとその境内社を『相鹿上神社』に合祀し、
『郷社相鹿上神社』となり、昭和20年代に現在の『相鹿上神社』になりました。



きんりうくはん りんリゅうがん金粒丸
西池上の街道すじに「きんりうくはん」と書いた2mほどの高さの看板が建っています。
これはもと薬種商金粒丸本店太好庵のものでした。
金粒丸という薬は江戸時代、伊勢朝熊の万金丹と並ぶ有名な漢方薬で、参宮客の旅
の薬として、又 みやげとして飛ぶように売れたということです。




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