2011年10月18〜20日・2泊3日


日本百名城シリーズ
北越の名城を訪ねて @
高岡城跡〜魚津城跡〜新発田城跡〜富山城跡





又々、長いバス旅行になりそうで御座います。
そもそもの目的は新潟県の新発田城 (しばた)
サンダーバード3号で高岡に着いてから新発田まで、約297kmの広範囲の旅です。



先ずは高岡市内です。
(瑞龍寺〜高岡大仏〜高岡城跡〜勝興寺〜雨晴海岸)と巡りますが
ココは、2008年12月に万葉シリーズで 訪問した場所なので、サラッと
流します。詳細は・・・.あの時の高岡は 寒かった・白かった〜





端龍寺
富山県高岡市関本町35
曹洞宗の仏教寺院で、山号は高岡山。本尊は釈迦如来です。開基は前田利常、開山は
広山恕陽。仏殿、法堂、山門の3棟が近世禅宗様建築の代表作として、1997年に国宝
指定されています。
これは富山県下における初の国宝指定であり、2011年現在も富山県唯一の国宝です。
加賀藩2代藩主前田利長が、織田信長・信忠らの追善のため、文禄3年(1594年)金沢に創建した宝円寺
後に法円寺と改称) が瑞龍寺の前身です。利長は慶長10年(1605年)、44歳の若さで家督を異母弟の利常
に譲り、自らは隠居します。
後を継いだ3代藩主
前田利常は、法円寺を利長の菩提寺とし、利長の法名瑞龍院に因んで寺名を瑞龍院
と改め、のちに「瑞龍寺」と改称します。
瑞龍寺は近世を通じて前田家の手厚い保護を受け、寺領三百石を有する大寺で、延享3年(1746年)の
火災で山門を含む伽藍の前半部分が焼失し、山門が再建されたのはそれから約70年後の事でした。
.

やっぱり前回と同じような写真になっちやいました。進歩がないですネ



高岡大仏さまは、変わらず男前、他と比べて頭が小さい…八頭身です。




古城公園…高岡城跡も、同じ風景でした。

これでも何とか、前回とは違う写真をと苦労してますんョ…お察し下さい。




勝興寺
勝興寺は、浄土真宗西本願寺派の古刹で戦国時代には越中一向一揆の拠点として勢力を
誇りました。幾多の遍歴を経て1584(天正12)年、現在の地に築かれ、江戸時代には加賀藩
の庇護を受けます。
詳しい事は、前回のHPで



又、ダブりますが、勝興寺の七不思議は、アップしておきます。

雲龍硯の不思議は、別名“墨が涸れない硯”ともいわれ、本願寺8世蓮如上人の
愛用の硯で、上人が使われる時だけ自然と水が出たと伝えられています。





雨晴海岸
晴れた日には 富山湾越しに立山連峰の3000m級の山々を 望むことができる
景勝地だと聞いているのですが、二回目の今回も駄目でした。
地元の人でも まれにしか観ることが出来ないとか…一週間居続けたら…かも
そう云えば『一週間に十日来い』てな歌がありましたナ〜




旅行一日目の宿は隣街の富山です。
夕食後、路面電車が走る夜の富山を散策

チョッとだけライトアップの富山城、
この富山城は明後日、新潟市からの帰り道に立ち寄ります。




夜も吹けました、明日は魚津から新潟市へ向かいます。では・・・



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