2009年3月30日〜
池島炭鉱・坑内見学ツァー



0瀬戸港(大瀬戸町)から池島(外海町)まで江崎海陸運フェリーで約40分の島(池島)の海底に、
02001年11月29日に
閉山した池島炭鉱があります。


0池島炭鉱は、西彼杵半島の西沖合約7kmにある周囲約4kmの池島(長崎県長崎市、旧外海町)
0周辺の海底に広がる炭鉱で
九州最後の炭坑の島でもあります。
0池島の石炭は良質なものとして重宝され、盛期には高層アパート群が次々に建設されたが、現
0在は、ほとんどの住宅や商店街は廃墟となり、ゴーストタウンの様相を呈しています。
0最盛期の1985年には150万トンを越える石炭を掘り出し操業開始から閉山までの出炭量は
04,400万t。坑道延長は約96km、鉱区約35,500haにおよびました。

0閉山後に炭鉱技術海外移転事業が始められ、大規模な鉱山事故が頻発する中国をはじめとする
0アジア諸国などより事業継続の要望が強く、現在もインドネシア、ベトナム人など年間約60名が技
0術伝承のため入国し働いています。

0謂わば海外から研修生を受け入れ
「採掘技術の研修センター」となっているのです。


今回の旅の目的は炭鉱だけexclamation ×2 早朝の6:20に新門司港着、直ちにチャーターバスに飛び乗って
約250`先の西彼杵半島を目指して突っ走ります。

途中の長崎県佐世保市と西海市を結ぶ,西海橋付近は、まさに春真っ盛りでした。


彼杵半島の瀬戸港からは、バスを船に乗り換え、池島を目指します。

30分程度の船といっても、ここは「東シナ海」です、相当揺れます
周囲約4kmの池島が見えてきました。想像以上に小さな島です。




島へ着くと 「ようこそ池島へ」 のカンバンを持った歓迎隊が・・・
大層な歓迎に感激していたのに、よくよく聞くと
数十名しか居ない島の学校の新赴任の先生を迎えに来ていた生徒さん達でした
そこは遠慮という言葉の知らない大阪人の一行、無理やり並んで記念写真です。




島内はマイクロバスに分乗して・・・と言っても一周4`、歩いてもしれているのですが・・・
車中からの島の様子です。人影は・・・・・・見当たりません




いよいよ炭鉱体験です。
研修センターで予備知識を勉強して・・・ ヘルメット、へットランプを頭に、
腰にはバッテリーと事故救命器・ 首に防塵マスクを巻きつけて・・・
相当の重量になります。 靴も つま先と靴底に鉄板が入っていて重いです



全員の装備は整いました・・・コレよりトロッコで海底炭鉱へ・・・
おッと、其の前に記念撮影です。
落盤事故でも起これば、これが最後の1枚exclamation & questionと、冗談云いながら
ハイ、チーズカメラ




トロッコは、
ゴットン・ゴットンと降りてゆくのかと思っていたら大違い でした
急坂でロープが切り離されたのかと思えるほど「ビュ〜ん…」速い。速すぎるダッシュ(走り出す様)
身体を折り曲げねば入れないくらい小さなスペースで、すがり付いていなければ、
振り落とされるほどのスピードです。 海面下65m・・・1分ぐらいで到着したかナ

自分で採取した石炭は、お土産に持ち帰ります。



昼食は、 本当なら坑内で昼食をとるのでしょうが、馴れなれ我々には酷。
足元はべとべと、上から滴がポタリ・ポタリ…湿気が多く
この環境で何時間もの重労働の苦労は、到底真似できるものではありません。
我々は、池島開発センター内で戴きました。
勿論、炭鉱全盛の頃を偲んでアルミの弁当箱に梅干しご飯の炭鉱弁当でした。





帰りは(池島港発14:35)の船に乗らねば、新門司港19:50発に間に合いません。
結局、遠路はるばる長崎まで来て現地・池島滞在は3時間と15分だけでしたexclamation

これを、アホらしいと思うか、ロマンと見るかは、人それぞれでしょう