2008年1月15日

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宇治・万福寺=南区・東寺=松原通・六波羅蜜寺=大和大路・えびす神社
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清水・産寧坂の明保野亭(昼食)=修学院赤山町・赤山禅院=松ヶ崎・大黒天
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布袋尊万福寺 宇治市五ケ庄三番割
萬福寺は、1654年(江戸時代)、中国福建省から渡来した 隠元禅師が 後水尾法皇や徳川四代将軍家綱公の 崇敬を
得て1661年に開創された中国風の寺院。日本三禅宗(臨済・曹洞・黄檗)の一つ、隠元禅師、木庵禅師、即非禅師など
中国の名僧を原点とする黄檗宗の大本山です。



毘沙門天東寺 京都市南区九条町1
延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京に遷都した際、平安京鎮護のために、正門である羅城門の東に東寺、
西に西寺を 建造したと 伝えられているが、西寺は現存しない。現在の東寺の場所は 創建時のままであり、
変わっていないといわれています。



弁財天六波羅蜜寺 京都市東山区松原通大和大路東入ル二丁目
天暦5年(951)醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創された西国第17番の札所です。


恵美須神社えびす様 京都市東山区大和大路通四条下ル
鎌倉時代初期に建仁寺の鎮守杜として創建されたもので、「商売繁盛」の守り神として一月の十日ゑびすは沢山の
人たちでにぎわいます。また、栄西禅師が無事中国から帰朝し、お祀りになったという故事から、一名「旅ゑびす」と
もいわれ、交通安全の神としても信仰を集めています。



昼食は、清水坂途中から左へ…産寧坂の明保野亭で戴きました。



革堂(行願寺)寿老神 京都市中京区寺町通竹屋町上ル
平安初期、行円上人によって開かれたもので、観音霊場、西国三十三所の十九番札所です。
開基当時、一条通にあったものを「天下太平福寿円満」を祈る太閤秀吉により、現所に移築されました。
本尊である寿老神の御真言を、一日三回唱えると福寿吉運が授かるといわれております。



福禄寿神赤山禅院 京都市左京区修学院赤山町
慈覚大師の遺言によって創建された天台宗総本山・比叡山延暦寺の塔中です。本尊の泰山府君(赤山明神)は
京都御所の表鬼門に祀られ、方位の守護神として朝野の厚い尊敬をあつめています。



松ヶ崎大黒天 京都市左京区松ヶ崎東町31
1616年(元和二年)に建立されたもので、松崎山妙円寺が正式な寺名ですが京都の人々からは「松ヶ崎の大黒さん」
として親しまれています。本尊の大黒天像は伝教大師の作で開運招福の福神として広く信仰を集めています。



梅田の茶屋町を8:30発・・・赤山禅院から松ヶ崎の大黒さんへは歩きましたが
制限時間の16:30までに、お参りすることが出来ました。


本日のお土産は「幽霊・子育飴
お店は六波羅蜜寺から少し北の六道の辻の北東の角です。 普段は庶民の町で、小さな商店街が連なる静かな町です。
愛宕念仏寺跡、地蔵堂跡、閻魔堂跡、姥堂跡、そして今も残る ・六波羅蜜寺、西福寺、六道珍皇寺などが点在する地域
です。
その昔、この辺り一帯から山麓にかけては、鳥辺(部)、「とりべ」と云われ、葬送の地であったと云われています。
亡くなった人を送る地・僧侶が亡者の霊魂に引導を渡す、いわゆる野辺送りの地で、冥界への入り口にあたる辻が
六道の辻
です。
・・・・・・・・・この幽霊・子育飴には、
「オチ」が付くお話が、昔からあります・・・・・・・・・・・